1.持ち替えて2球目で劇的な変化

ラケットを替えれば技術が変わる

昔からテニスをやっている方から「ラケットなんか、どれを使っても大して変わらない」「道具を替えても上手くはならない」と言われる場合がよくあると思いますが、「同じラケットで練習を重ねるより、ラケットを替えたほうが技術的な変化は早く起こせる」というのが、これまでの『ラケットドック』を通しての結論です。

「こんなふうに振ろう」と意識して練習を積み重ねるより、そういう動きが自然と出てくるようなラケットに持ち替えた方が話は早いというパターンが実際に数多く見受けられます。

ラケットとストリングセッティングは、プレイヤーの中からいろいろな動きを引き出すための「カギ」のような存在と言えます。
自分のパフォーマンスを最大限に引き出す「カギ」が見つかれば、もっともっとテニスが楽しくなると思いませんか。

悩んでいる人に最適の組み合わせを提案

『ラケットドック』というのはテニスジャーナル誌の松尾氏が名付け親ですが、—–『何らかの症状を抱えているテニスプレイヤーに対して、適切な薬(ラケット+ストリングセッティング)を処方することで症状を改善させるお医者さん。またそのための場所』—–という意味だと最初に聞いて、私自身は「名前はカッコイイけど、内容的にそこまでは無理だろう」という気持ちでした。

ですが、回を重ねるうちにだんだん「そのネーミングがピッタリだなぁ」と思えるようになってきています。
もちろん、健康なプレイヤーには不要なシステムですが、健康であることを確認したい、今のラケットで合っているのか、とくに変な症状が出ていないことを確認したいという方も多く居られるようです。
「壁にぶつかっていてテニスが面白くない」「フォアハンドが打てなくなってしまった」「不安定なショットを安定させたい」等のさまざまな症状に対して、適切なラケットとストリングセッティングはたしかに「効き目のある薬」になります。

ラケット選択の理由はさまざまですが・・・

一般のテニスプレイヤーがラケットを選んで購入するとき、その選択理由にはいろいろあると思います。
「自分で打ってみて感触が良かったから」「知り合いに薦められて」「店で相談して」「好きなプロが使っているから」「好きなブランドの新製品だから」「広告を見て良さそうだなと思ったから」など。
これらの中でいちばん確実なのは「本人が実際に打ってみること」だと一般には考えられています。

ですが、はたして本当にそうでしょうか?
打ってみた感触の好き嫌いはわかっても、そのラケットが自分のプレイに本当に適しているのか? 今後の上達にプラスになるのか? というのは、自分ではなかなか判断できないものだと思います。

実際のところ、いろいろなラケットを試打しても「どれが自分に合っているのかわからない」という声をよく聞きますし、「打ってみたときは良いなと思って買ったけど、使っているうちになんだか合わないと思うようになった」という方も多いのです。

本人が認識できないから第三者の客観的な視点で

『ラケットドック』は、プレイヤー本人の主観ではなく、第三者からの客観的な視点で、そのプレイヤーに合っているラケットを選び出す作業です。
もちろん、プレイヤーの意向や好き嫌いを無視するということではありませんが、それを踏まえたうえで、外部の目から見てもっともフィットするモデルを探します。

客観的な視点でラケットフィッティングを行なう最大の理由は「ラケットを持ち替えるとプレイヤーのスウィングやフォームにさまざまな変化が起こりますが、それがプレイヤー本人には認識しにくい」からなのです。
打っている本人には見えないことですから、第三者が横で見てあげる必要があるわけです。
普通の試打では、ラケットを評価するのは打った本人ですが、ラケットドックの場合は、ラケットを打っているプレイヤーを横で見ているコーチが評価するわけです。そういう意味でまったく新しいラケット選びのアプローチだと思います。

テニスはまさに「調節するスポーツ」だった

『ラケットドック』を開催して参加者のプレイを繰り返し見ているうち 、私自身のテニスというスポーツの捉え方が変わってきました。それは「打つスポーツ」というイメージから「調節するスポーツ」というイメージへの変化と言えます。

「テニスプレイヤーっていうのは、こんなに柔軟で適応性が高いのか!」というのが正直な感想です。
テニス経験の豊富な多くのプレイヤーに共通する認識だと思いますが、「自分のスウィングは基本的には固まっていて、一定のフォームで打っている」と思っているのではないでしょうか。

私自身、『ラケットドック』を始める前は「テニス経験が長ければ、打ち方はある程度固まっているだろうから、プレイヤーの球筋の変化を見ていればラケットフィッティングはできるはず」と思っていました。
ところが実際のところは、経験の長い方ほど球筋はあまり変化せずに打ち方が変わるというのが現実だったのです。

■厚ラケ

■薄ラケ

同じような高さのボールに対し、今まで使っていた厚ラケではストリングが柔らかいこともあって、飛びを調節するためにフォロースルーをコンパクトにまとめていたが、飛びを抑えた薄ラケではラケットヘッドが素直に前に振られている。
厚ラケ・2:インパクト後に肘が前に伸びていない。
厚ラケ・3:肘が前に出ないままたたまれている。

薄ラケ・2:肘が前に出て腕が伸びてきている。
薄ラケ・3:肘が前に伸びてラケットヘッドがボールの方向に向かっており、スイングのパワーが前方に解放されている。

「絶対無二の一球」ごとに調節する驚異の能力

今さら言うまでもないことですが、テニスというスポーツはネットを越えてベースラインとサイドラインの内側にボールを落とすゲームです。
つまり、飛びが短か過ぎても長過ぎても失敗となるわけで、ゴルフや野球のように「より遠くに飛ばすこと」が価値を持つわけではありません。
つまり、「打つこと」より「入れること」が優先されるわけです。

相手コートから飛んでくるボールはスピード、回転の方向と量、高さ、ストリング面に当たるときの角度等が一球一球すべて異なりますので、それに対して、機械のように一定のスウィングでラケットを振っていたら、当然のことながらすべてのボールがバラバラなところへ飛んで行くことになります。
状態の異なるボールを一定の場所、あるいは狙った場所に打ち返すためには、それぞれのボールの状態に合わせてスイングを調節する必要があるわけです。

練習課題として「フットワークを駆使してつねに一定のスウィングで打てるように努力する」というのはあると思いますが、現実的には、画一的なスウィングで打ち返せるボールは1球たりとも飛んでこないのです。

同じ場所に正確に打ち続けることのできる上級者のプレイは、一見すると、一定のスウィングを正確に繰り返しているかのように見えますが、じつは、相手のボールの勢いや回転に応じた調節を絶えず行なっているわけで、その調節能力が高いからこそ、一定の場所に打ち返せるということなのです。

持ち替えたら2球目から打ち方が変わる!

テニスプレイヤーは習慣的に、今打ったボールの飛び方を基準にして、次のボールの打ち方を調節します。
今打ったボールがアウトしそうだったら、次のボールはスピンを多めにかけたり、インパクトで力を抜いたりして飛びが抑えられるように打ちますし、短かすぎたら次はそうならないように、ボールの軌道を高くしたり、インパクトで力を入れたり、回転の量を減らしたりします。
ですから、ラケットを持ち替えて打ち方が変わるのは2球目からです。

「ラケットを持ち替えると打ち方が変わる」と言うと、何球か打っているうちにだんだんと変わっていくのかなと思われがちですが、そんなに悠長な変化ではありません。
ほとんどすべての人が「2球目から即座に変化」が始まります。自分の打ったショットの結果によって調節を繰り返しながら打ち続けるスポーツ、それがテニスだと言えます。

左の画像の今まで使っていた厚ラケでは小さく引いて、スライス面でプッシュするようなスイングが多く見られたが、右の画像の中厚ラケットに持ち替えるとテイクバックでヘッドが下がり、上に振り抜くドライブ系のスイングが多くなった。

厚ラケ・1:ボールの位置に対してラケットヘッドが高く、右肘が前に出ていて引きが小さい。
厚ラケ・2:押し出す当たりのため、ボールの軌道に対しラケットヘッドが下にある。

中厚ラケット・1:ラケットヘッドが下がっていて肘の位置も後ろにあり、テイクバックが大きくなっている。
中厚ラケット・2:ボールの軌道よりラケットヘッドが上に振り抜かれている。

最適のラケットは自然な動きに躍動感を生む

ここで問題なのは、その調整によって起きた変化が「その人のプレイにとって良いのか悪いのか、必要なのか不要なのか、無理があるのかないのか、長時間のプレイでも持続可能なのかどうか」ということです。
たとえボールがきちんと狙ったところに入っていても、身体のどこかに無理な力が入っていたり、あるいはスウィングの力が充分にボールに伝わっていなかったり、上達を妨げる運動要素が出てきていたりということでは、望ましい変化とは言えません。

『ラケットドック』が目指すのは、「リラックスした自然な動きの中に躍動感とスムーズな連続性があり、効果的なボールが打てる状態」を見つけ出すことですが、そのための具体的な処方箋についてはプレイヤー一人一人の症状に応じてさまざまなパターンがあり、一言では言い尽くすことは不可能です。

しかし、似たような症状というのはあるもので、その処方箋も共通部分があります。このレポートでは個々のパターンをご紹介しながら、読者の方々の中で「これは自分にも当てはまるかな?」と参考にしていただければと思います。