5.ラケットで欠点を直す

欠点は自分で直そうとしても直らない

誰にでもある欠点・弱点

初心者の方を除くほとんどのプレーヤーは、自分のプレー上の欠点や弱点として意識しているポイントの一つや二つは持っているのではないでしょうか。
「もっとこうしたら良いのに」とテニス仲間やコーチから指摘されていて、自分でも自覚してはいるもののゲーム中にいつもそこを攻められて、ミスると「やっぱり!そこだね」とか言われたりするわけです。
向上心旺盛なプレーヤーは、その欠点や弱点を克服するために日々練習で取り組んでいるでしょう。
あるいは、以前は意欲的に取り組んだけれど、結果的に直らなかったから半ば諦めているという方も多いのではないでしょうか。

そこで今回の「欠点は、直そうとしても直らない」というキーワードですが、これは決して、「直らないから諦めなさい」ということではありません。
少し言い方を換えれば、「プレー中に起きている現象を直接的に直そうという努力は成功しない可能性が高い」ということです。

一部を意識すると体全体の動きのバランスが崩れる

誰でも自分のプレーの悪いところは直そうとするのは自然ですし、その気持ちがないとテニス自体がつまらなくなってしまうでしょう。
ただ、そこで問題なのは、起こっている現象を変えようとしても、体の各部分の動きのバランスが崩れて、悪いところは直ってもショットが成功しないという現象が起きます。

常に動きながら、飛んでくるボールを打ち返すスポーツであるテニスでは、プレーヤーの体の各部分、左右の手と足、視線や呼吸などが別々に動き、それぞれの働きが複合的に組み合わさって一つのショットを構成しています。
複雑に絡み合った動きの一部だけをとらえてそこを直そうとすると、直そうとすること自体が他の動きに影響を与えて全体のまとまりが失われる結果、ミスにつながる場合が多いということです。

テニスのショットの中で唯一、止まった状態で自分の都合だけで打てるサービスであっても、トスを上げる左手とラケットを操作する右手、左右の足への体重移動のタイミング、膝の屈伸等を全て意識的に、かつ、同時にコントロールするのは困難だと思われます。
ラケットの振り方を強く意識するとトスが変なところに上がったり、トスの上げ方を意識するとラケットスイングのタイミングが狂ったりというようなことは多くのプレーヤーが経験しているでしょう。

プレーヤーはオーケストラの指揮者のようなもので、体全体の流れを意識的にコントロールすることはできますが、各パートの演奏を自ら行うのは不可能だといえます。
ある部分だけを意識的に動かそうとするのは、演奏中に指揮者が自ら一つのパートを演奏してしまうようなもので、全体のバランスが崩れてしまいます。

動きの流れをさかのぼる

起きていることを直接変えることが難しいのであれば、ではどうすれば直るのでしょうか。
谷口コーチが自らのテニスキャンプなどで指導を行う場合、動きの流れをさかのぼって悪い動きの原因となるスイッチを見つけて、そこを切り替えることで良い動きが自然と出てくるようにしています。
このようにすれば、動きの全体のバランスを崩すことなくフォームを修正することができます。結果を修正するのではなく原因の部分に手を加えることで、結果が変わるようにするというやり方です。

例えばテイクバックが遅れ気味のプレーヤーに対して、「もっと早くラケットを引いて」とは決して言いません。
プレーヤーに「ラケットを早く引こう」という意識が生まれると、そればかりに意識が行ってフットワークの始動が遅れたりすることがあります。
ラケットは早く引けたけど、かえってインパクトまでの動きの流れがギクシャクしてしまうことになります。

谷口コーチはどうするかというと、テイクバックのことには一切振れずに、「相手プレーヤーのラケットにボールが当たるところに注目してください。」とアドバイスします。
相手のプレーへの情報収集を開始する時点を早めさせることで、自然にテイクバックが早くなるわけです。

起きている現象を直接変化させるのではなく、その現象をさかのぼって原因の部分を変化させることで起きている現象を変化さえるというやり方であれば、体全体の動きに統一感が失われることがありません。

ラケットも動きの原因の一つ

ラケットはプレーヤーの動きの原因になります。ラケットドックでは、飛ぶラケットに急に持ち換えたプレーヤーは、1球目はオーバーして2球目はネットして3球目から入るようになるというパターンがよく見られます。
飛ばないラケットではこの逆のパターンになり、3球目から入るようになります。

プレーヤーはラリー中に明確な思考に基づいてこの調整行為を行っているのではなく、ミスに対処するため自然に行っているものと思われます。
つまりラケットという原因の変化に対して、結果が上手くいくように体の動きを調節する機能をプレーヤーは持っているのです。
これを逆手に取れば、ラケットを持ち替えることで体の動きを無意識のうちに変化させることができるということです。

谷口コーチにとっては、ラケットもプレーヤーの動きを変化させるためのスイッチの一つなのです。

例1:フォロースルーを大きくしよう

「フォロースルーを大きくしよう」というテーマを、「良く飛ぶラケット」で実行するのはかなり難しいといえます。
このコーナーで何度も書いているように、プレーヤーは打ったショットがコートに入るように調整しながらスイングするので、良く飛ぶラケットでは飛びすぎないようにスイングを途中でやめたり、小さく巻き込んだり、体重の移動を抑制したりします。
これはアウトしないように自動的に行っている調整なので、ラケットという「原因」を変えないでフォロースルーという「結果」だけ変えようとしても、なかなか思うようになりません。

ボールを飛ばすために必要なスイングが終わったあとに、取って付けたようなフォロースルーをするようなことになり、どんなボールでも同じ形のフィニッシュになったりします。
飛ばないラケットでボールを飛ばそうとすれば自然とスイングは大きくなり、ボールを飛球方向に押すことでフォロースルーも大きくなります。

例2:もっとスピンを!

これは、ストロークがフラット系になっていて、コーチからもっとスピンをかけるように言われるけど上手くいかないというケースです。
こういうケースのほとんどは、使っているラケットが原因で起きているので、スイングの改善では解決できないでしょう。

なぜなら、スピン系のストロークは、スイングのパワーを回転に向けることで飛びを抑える打ち方なので、フラットで打ってちょうど良い長さに飛ぶラケットでは、正しいスピン系のスイングで回転がかかったとしても、球足が短くなってネットすることが多くなります。
それを防ぐためには今までよりスイングパワーを大幅にアップさせる必要がありますが、それではプレーヤーの負担が増えるだけなので、だんだんと回転をかけない打ち方に戻ってしまいます。

フラットで打ってしまうとアウトするようなセッティングのラケットを使えば、スピン系のストロークの習得が容易になります。

ラケットの機能について充分な理解が必要

もちろん、ラケットを持ち替えることで望ましい動きを引き出そうとするには、ラケットの機能について充分な理解がないとできません。

ラケットドックでは「望ましくない動き」を「望ましい動き」に換えるようなラケットをピックアップして渡しますが、それは、谷口コーチのように数え切れないほどのラケットテストを繰り返してきているコーチだから可能なことだといえます。