14.難しいラケットでは上達しない
「あのモデルは自分に使いこなせるかどうか」というご質問がよくあります。
私はかねがねその質問自体に何か違和感のようなものを持っていましたが、ラケットドックの経験を踏まえて、その違和感を解明していきたいと思います。
ちょっとむずかしいのをという道具選び
「高い機能を持った高性能なギアは、使う側がそれに見合うだけの高い技能を持っていないと使いこなせない。」というのは世間一般で良くあることで、素人では使いこなせない難しい道具というのはいろんな分野で存在します。
プロ向けのカメラなどもそうしたものの一つでしょうし、スポーツ用品でもスキーやゴルフの道具はそういう傾向が強いと言えます。
そういう場合、上級モデルに対する憧れもあって、多少無理をしてでも少しレベルが上の道具を使いこなしたいという気持ちを持つ方は多いでしょう。
ですが、ことテニスラケットについては、初心者用、中級者、上級者用というプレイヤーの技術レベルとラケット選択をリンクさせるのは避けたほうが良いでしょう。
楽をしていてはうまくならない
「多少難しいラケットでも、使いこなせるよう努力していれば上達する」という考え方は多くのプレイヤーが持っているのではないでしょうか。
その底流には「易しいラケットで楽をしているとうまくならない」という考え方があると思われます。
その根本は「苦労を惜しんで楽をしていては上達しない」ということなのですが、これを進めると「難しいラケットで苦労すれば報われる」ことなります。
これについては、単なる精神論としてならば異論はありませんが、ラケットの選択ということでは必ずしも正しいとは言えないでしょう。
結論から先に言うと、テニスラケットについては苦労しても報われることはありません。
テニスは不自由でせわしないスポーツ
テニスコートの全長は約24m(23.77m)で、ネットの高さは約1m(0.914m~1.07m)です。
ベースラインの後方1mに立ってストロークを打ち合うと仮定すれば、プレイヤーがしなければならないことは約13m先にある1mくらいのネットを超えて、約25m先にある相手コートのベースラインの内側にボールを落とすことです。
ドロップショットなどの特別なショットを除けば、13m先にある高さ1mくらいのネットを超えるためには普通は最低でも16mくらいの長さに打たないといけないでしょう。
ラリーを続けるということは、この「16m以上飛んで25m以上は飛んではいけない」という制限範囲を守った上で、途中にある1mくらいのネットを超えて打ち続けるということです。
「そんな当たり前のことはわかっとるわい!」と言われてしまいそうですが、改めてこう書くと、けっこう不自由な感じがしませんか?
道具でボールを打つ他の競技、野球やゴルフなどに比べると、「ここまでは飛ばないとダメ」という制限と「これ以上飛んではダメ」という制限との間がかなり狭い気がします。
しかも、そのきつめの制限を、3秒くらいの間隔で繰り返しクリアし続けなければならないのです。(ストロークラリーの場合)
相手が打ってから約1.5秒後に打ち返すわけですが、その間に飛んでくるボールと適切な距離が取れるところまで移動して、ネットしないよう、かつアウトしないようスイングし続けるのです。
「13m先にある高さ1mのネットを超えて16m以上、25m以内の距離に、走り回りながら約3秒間隔で打ち続けるスポーツ」それがテニスの現実です。
テニスというスポーツは、イメージ的にはもっとおおらかで優雅だったような気がするのですが、意外に不自由でせわしないスポーツだったのですね。
意識的な調節が必要なラケットは不利
このように、テニスが「不自由な制限の中で行われるせわしないスポーツ」だということを前提にすると、打つ時に多少なりとも無理しなければならないラケットはプレイヤーにとって大きな負担になります。
せわしすぎて無意識的な反射運動に頼らなければならない状況で、意識的にスイングを調節しなければならないラケットを使うのは大変不利だと言えます。
難しいラケットを使いこなすように努力すればうまくなる?
一般的に言う難しいラケットとは、フェースが小さくてフレーム厚の薄い、いわゆる楽に飛ばないタイプのことですが、「フェースが小さくてうまく当たらない」、「飛ばないから疲れる」、そんな状態で練習を続けても同じミスが繰り返されるだけで、上達が遅れることはあっても早まることはないでしょう。
使いこなすのが難しいと一般的に思われている、フェースが小さくて薄いラケットは、そういうラケットのほうが「使いやすい、打ちやすい=余計な気を使わない」と感じるプレイヤーのためのものです。
それを、フェースの大きい厚ラケのほうが使いやすいと感じているプレイヤーが使っても、何のメリットもないでしょう。
大きくて厚いラケットは楽?
これと反対に、フェースが大きくて厚いタイプの良く飛ぶラケットを使うと、楽にテニスができると考えるのも正しくないでしょう。
テニスが遠くへ飛ばすだけのスポーツなら良く飛ぶラケットのほうが楽ですが、実際のストロークでは「25m以上飛んではダメ」なので、飛ぶラケットほどその力加減が微妙で調節が難しくなります。
打つたびに慎重さが要求されるラケットでは、かえって身体の負担も増し、なにより、プレーしていて楽しくないでしょう。
必要以上に飛ぶラケットでは、コートに入れるために身体の動きを抑え込まなければなりません。
それより、気楽に振り抜いてもアウトしないくらいの飛びのラケットに持ち替えたほうが、気持ちも身体も楽になります。 ウェアについては、サイズやカッティングが自分に合わないと判断したとき、ほとんどの方は合うものに買い替えようとするのが普通でしょう。
そういう時に、サイズの合わないウェアを努力して着こなそうとする人は少ないと思いますが、ラケットについては合わないものを使いこなそうする努力は決して珍しくはありません。
極端な場合は、初めから合わないことを承知の上で購入し、それを使いこなす努力をしている場合もあります。
それが上達の道だと考えているのです。上級者向けといわれるラケットを、少し背伸びをしてでも使いこなそうと考えて練習しているプレイヤーがそれに当たります。
ラケットのパワー=ウェアのサイズ
ラケットのパワーレベル(ボールを飛ばす力)については、スポーツウェアのサイズと同じように考えると分かりやすいでしょう。
ウェアの場合は、サイズが大きすぎても小さすぎても、着ている人間が動きにくいことには変わりはありませんが、ラケットの場合も同様です。
プレイヤー一人一人の身体能力によって、ラケットのパワーが過剰な場合と不足する場合があり、そのどちらもプレイヤーの動きを束縛して自由度を低下させます。
その「動きにくさ」を克服するための努力は、ウェアの場合はムダだと誰にでも分かりますが、ラケットの場合はそうは思われていないということです。
一番気を使わずに打てるラケット
というわけで、「上級者みたいでカッコイイから」という理由だけで薄くて小さいラケットを選ぶことは、ゲームで勝つことを目指すのであればやめたほうが良いでしょう。
反対に、「もう年だから」という理由で楽に飛ぶラケットを選んでも、かえってミスが増えてテニスが難しくなることがあります。
ラケットに上級者用とか初心者用とかの技術レベルがあると考えるのは、必ずしも正しいとは言えません。
どんな技術レベルのプレイヤーも、一人一人の身体感覚や運動能力に応じてフィットするモデルは異なります。
重要なのは、ラケットに適当なレッテルを付けて、そのレッテルを基準にして選ぶことではなく、プレイヤーの能力を最大限引き出すラケットを選択することです。
ベストフィットのラケットとは「一番気を使わずにボールが打てるラケット」です。