良いフォームを目指すことの弊害

テニスで良いフォームを
目指すことの弊害

良いフォーム

「良いフォームを目指すことの弊害」などというタイトル自体、多くの方にとってはヒンシュクかも知れませんが、「良いフォーム」という呪縛にとらわれることで、出口のない迷路から抜け出せなくなることもあるようです。

多くのプレイヤーが、「上達するためには良いフォームを身につけることが大切だ」と考えています。
アウトやネット等のミスが多くてプレーが上手くいかないのは自分のフォームが悪いせいで、それを治せばミスが減ってプレーが上手くいくようになると考えて、日々練習に励んでいる方は少なくないでしょう。

良いフォームを目指すことの弊害

フォームを治そうとしたり、良いフォームを身につけようとしたりする取り組みそのものが、上達を目指す上での弊害になることがあるのですが、その理由は以下のようなものです。
1.身体操作に意識が向いてしまう
2.動きの硬直化を生む
3.フォーム自体が目的化してしまう

1.身体操作に意識が向いてしまう

身体操作が練習の課題になる

フォロースルーを大きくしようとか、回転をかけるために下から上に振ろうとか、インパクトでボールを押すように打とうとか、振り遅れないようにテイクバックを早くしようとか、ボールを身体の前でとらえようとか、いろいろな課題を持って練習に取り組んでいる方は多いと思います。

そうした改善点をいつも忘れないように頭にたたき込んでプレーすることが、プレーに集中することだと考えているプレイヤーも少なくないと思われます。
プレー中に注意すべきことを忘れないようにするため、ラケットにシールを貼って書き込んでいる方もたまに見受けられます。

課題が失敗の原因に

ところが実際には、そうした取り組みが、プレーが上手くいかない原因になっているというケースが少なくありません。

人間の脳は二つのことを同時に処理するのにはあまり向いていないため、何かに注意を向けると、その他のことには注意が向かなくなるという傾向があります。
二つのものに対して同時に注意を向けるという並列処理が、全くできないわけではないのですが、片方に注意を向ければ向けるほど、もう片方はいい加減になってしまいます。
新聞を読んでいる時に家族から話しかけられると、いい加減な返事をしてしまうのも、こうした例の一つです。

何を言いたいかというと、フォームを改善しようとする際には、プレイヤーの注意力は身体の動かし方に向かいますが、そうするとボールに対する注意力が低下してしまうのです。

ボールに対する注意力の低下

テニスはとても難しいスポーツであると同時に、非常に忙しいスポーツでもあり、プレー中に少しでもボールに対する注意力が低下すると格段にミスが増えてしまいます。

ボールの動きでポイントが決まるスポーツですので、本来は、常にボールの動きに注意を向けなければならないのですが、身体の動きに注意が向けられることでボールに対する注意力が低下するため、かえって失敗が増えてしまうという結果になるのです。

何かに注目するとそれ以外のものが視野に入らなくなるのと同じで、身体の動かし方に意識が集中してしまうとボールへの認識力が低下してしまうため、ボールの動きとタイミングが合わなくなりやすいということです。
意識の向く対象が身体の動きだったり、ボールだったりというように、シーソーゲームのように移り変わることで、「動きを治そうとするとボールが当たらない」、「ボールに当てようとすると動きが治らない」という堂々巡りの繰り返しになりやすいのです。

2.動きの硬直化を生む

テニスは、ゴルフのように止まっているボールを打つスポーツではありません。
飛んでくるボールの状態が毎回異なるため、毎回違う打ち方をすることが必要なのですが、「良いフォーム」という固定的なイメージを持ってしまうと、どんなボールが来ても同じようなフォームで対応しようとするため動きが硬直化しやすいのです。

フォロースルーを大きくしようと考えている人が、ミニラリーでも大きく背中までラケットを振っている姿を見かけることがあります。
短く打つためには大きなフォロースルーは要らないのですが、大きく振り抜こうといつも意識しているため、状況に合わなくても同じことをしてしまうのです。

安定したショットを打つためには、毎回異なるボールの状態に合わせて、毎回違う動きで対応しなければならないのですが、運動のイメージが固定化してしまうと、状況に合わせて柔軟に対応する能力が低下してしまいます。

3.フォーム自体が目的化してしまう

「良いフォームを身につけること=上達」と考えている方は少なくありません。
確かに、上級者の動きにはムダが無く、華麗で優雅だったりします。
プロのダイナミックなフォームを自分のものにできればと考えて、テニス専門誌の連続写真を見て素振りをしている方も少なくないでしょう。

ただ、テニスではいくらフォームが良くても、それに対してポイントは与えられません。

プロが打つのと同じように強烈なショットが打たれた時は、プロのようなフォームになっていたかもしれませんが、プロのフォームをまねて打った時の打球は、それほど強烈ではなかったのではないでしょうか。

もしそうだとすれば、原因は、その取り組みのテーマが「動きをまねる」ことにあったためで、「打球をまねる」ことが忘れられていたからです。

普通は「やり方」をまねれば同じような「結果」が得られると考えますが、テニスの場合はこうした取り組みが不成功に終わることがあります。

それは、「結果」(=打球)のイメージがないまま、「やり方」(=フォーム)だけ似せようとするからです。

テニスでは、本来の目的は「良いショット」であって「良いフォーム」ではないのです。
「良いショット」を打った時の動きは「良いフォーム」になっているでしょうが、「良いフォーム」で打ったからといって「良いショット」になるとは限らないのです。

フォームの改善は、上達してゲームに勝ちたいということからスタートするのですが、ややもするとフォームを改善することが自己目的化してしまうことがあります。
良いフォームで打つことが最終目的になってしまって、どんなボールを打つためにそのフォームが必要なのかが忘れられてしまうのです。

つまり、目的を忘れたまま過程の改善に没頭しているわけで、こうしたケースでは、目的の達成度がチェックされないため、改善努力の出口がなくなってしまい、いつまでも同じことをやり続けるしかなくなってしまいます。

打つべきボールのイメージ(目的)がはっきりしていれば、そういう打球が出ればOKということになるのですが、そこが忘れられているために、改善作業がいつまでも完結しないのです。

カッコイイ打ち方のプレイヤーがカッコワルイ打ち方のプレイヤーに簡単に負けてしまうことがありますが、目指すものが「フォーム」なのか「打球」なのかの違いでこうしたことが起こりやすくなります。

多くのプレイヤーは、上達するためにさまざまな課題に取り組みながら練習を重ねています。
そうしたプレイヤーが指導を受ける際は、「どうすればその課題がうまくクリアできるか」を知りたいと考えます。

でも実際には、その取り組みそのものが的外れであることが少なくありません。

先日も、「自分は高い打点のショットで振り遅れることが多いので、構えているときのラケットの位置を高くしようとしているんだが、これがなかなかうまくいかない」という相談を受けました。
これなども、プレーを見るまでもなく話だけで間違った取り組みだということが分かります。

単純に、相手が打つときに「よし、構えを高くしよう」と意識するだけでも、失敗の原因になることは明らかです。
今回の内容の「1.運動操作に意識が向いてしまう」というパターンです。
正しい解決策は、本人の考えていることとは全く別のところにあるというケースが、テニスでは少なくありません。

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