同時に試打しないと分からない
テニスラケットの試打は
同時に打ち比べなければ分からない
人の手の感覚は、手触りの違いを感じたり、重さを比べたりすること(相対評価)には強いのですが、一つのものを単独で判断すること(絶対評価)は、あまり得意ではないという傾向があるようです。
重さの比較などについても、二つのものを同時に持ち比べれば、かなり微妙な違いも感じ取ることができるのですが、「では、それはいったい何gなのか」と聞かれると返事に困ってしまうのではないでしょうか。
そこで頭に浮かぶのは、以前100gくらいのものを持った時にはどんな感じだったろうか、というような「感覚の記憶」だと思いますが、その感覚があまり定かではないことに気がつくことが多いでしょう。
でも、そんなときに、「では、これは100gのサンプルですが、これと比べてそれは何gですか。」というように比較する対象が与えられると、それと持ち比べることで判断がしやすくなると思います。
一般的に言えることは、「手の感覚」は比較には強くても、絶対評価の能力は思ったほど高くはないということです。
何の話を始めるのだろうかと不審に思われたかもしれませんが、実はラケットの試打の話です。
ラケットの試打についても、ラケットを振った時の操作感やボールを打った時の手応えなど、手に伝わる感覚に基づいて評価されることが多いようです。
あるメーカーのラケット開発担当の方と話した時に、「突き詰めれば、試打というのは2つのモデルを打ち比べることだ」という話をされたのですが、私もその意見に賛成でした。
どういうことかと言えば、試打してラケットの性能を評価するには、同時に比較することが必要であり、片方だけ打っても正確に評価することはできないということです。
例えば、同じシリーズの後継モデルの発売に際して、そのラケットが前作と比べてどう変わったかを評価するためには、前作のラケットが新品の状態で用意されている必要があります。
何度も打った経験のあるモデルであっても、新しいモデルだけ打って、前作の記憶と比べるというのでは正確な比較になりませんし、実際に打ち比べる場合も、使い込まれた旧作と新品の新作とでは、正しい比較ができないわけです。
ラケットテスターのように、試打することが仕事のような方々でも、正確な試打評価は、同時に打ち比べることでしか得られないのです。
さんざん試打を繰り返してきたからこそ、感覚の記憶があまり当てにならないことを知っているのです。
音楽で言う「絶対音感」のような感覚は、ラケットのテストについてはほとんど無いと思っていただいたほうが良いでしょう。
ある時Aというラケットを打って「硬い」と感じた。
別な時にBというラケットは「柔らかい」と感じた。
でも、別なときに改めて同時に打ち比べると、BのほうがAより硬く感じたりすることが往々にしてあるのです。
それに対して一般のテニスプレイヤーは、試打する機会がラケットテスターほど多くないのですが、一度打ったラケットについて「良い!」と感じたり「良くない!」と感じたりしたことを、「確定したもの」として、その後の判断の根拠にしてしまう方が意外と多いようです。
逆に、試打する機会が少ないからこそ、試打して感じたことを「確固とした情報」としてその後の目安にしてしまうのかもしれません。
その時に「自分の体はそう感じた」ということは紛れもない事実ですので、それを確定した情報としてとらえてしまうのですが、実際には、「その時はそう感じた」というだけのことであり、「その時以外はそう感じない可能性が十分にある」ということが忘れられてしまいがちです。
こうしたことが、その後の判断を誤らせてしまう原因になることが少なくないのです。
同じラケットでも、気温やコートの種類、相手の打球などのプレー条件が変われば、感じ方が変わるのは避けられません。
同一のラケットでさえそうなのですから、モデル名だけしか分からないラケットを打ってみて、その時得た感覚を元に「このモデルは良かった」とか「あれは良くなかった」とかの判断を下すのはかなり乱暴だと言えます。
スイングウェイトやストリングセッティングの分からないラケットを打っても、「その時のそのラケットについては限定的にそう感じた」というだけであって、同じモデルでも、スイングウェイトやストリング・セッティングが異なる別のラケットを打てば、「その時の感じとは全く異なる感じになる可能性がある」ということです。
試打についてはもう一つの落とし穴があります。
はじめに書いたように、人間の手の感覚は比較することが得意なため、その前に打ったラケットの特性が次のラケットの評価に影響してしまうのです。
スイングウェイトが重いラケットを使えば、次のラケットのスイングウェイトの数値が平均レベルであっても「軽い」と感じてしまいます。
打感の硬い柔らかい、飛ぶ飛ばないなどについても同様です。
どんなラケットを試打する場合も「直前に打ったラケットに比べてどう感じるか」という枠組みから逃れることができないため、絶対評価ではなくその前に打ったラケットとの比較評価になってしまうのです。
そういう視点で試打というものを考えると、いろいろなラケットを試打する際には、毎回、自分の使っているラケットと打ち比べないと、試打の意味が半減するということがお分かりいただけるでしょう。
結論として何が言いたいのかというと、ラケットについて一度感じ取ったことを、確定した情報と考えて、何かを判断する時の根拠にするのは危険だということです。
ある時、特に印象に残った感覚を根拠にしてラケット選びやストリングセッティングを決めたりすると、その時と状況が変わっている場合は、全くの的はずれになってしまうこともあり得るのです。
また、ラケットを打った時の感覚を、自分の中の絶対感覚だと思ってしまうと、その後のチェックがおろそかになってしまう傾向があります。
そこはもう済んだこととして再チェックの必要なしということになってしまうのです。
一度、良いと感じたラケットについて、「これは自分に良いラケットなのだ」と判断を確定させてしまうことが良くあります。
ところが、合っていたラケットがプレー環境の変化によって合わなくなるということは良くあり、それによってミスが増えたりするのですが、そういう時も「合ったラケットを使っている」という前提が動かないため、そこは手付かずのまま済ませてしまうというようなことも意外と多いのではないでしょうか。
ラケットが合っている状態というのは非常に狭く、ピンポイントといって良いくらいですので、気温条件やコートの種類が変われば合っている状態から外れてしまうわけですが、一度合うラケットを手にすればずっと合っているはずだと思っていると、「今の状況では合っていない」ということに気付かないわけです。
ノーチェックで済ませていると、ある時気が付いたら、大幅にズレていたということもあります。
いつもラケット1本でプレーしている場合は、比べる対象がないため、セッティングが合わなくなっていても、よほどひどくない限り気付かないことが多いと思われます。
使い込んだストリングでかなり弾きが悪くなっていても、それ1本しか使っていないと気付きにくいわけです。
ラケットの良し悪し、ストリングの状態の良し悪しも、打ち比べれば分かるし、比べなければ分からないのです。
そういう意味で、比べるということは大きな分岐点だといえます
同じラケットを2本用意して、セッティングに差をつけるという取り組みをするかどうかは、いつも快適にプレーできるラケットを手に入れる上で、新たなステージに入れるかどうかにつながります。