テニスは上達しても自覚できない
テニスというスポーツは
上達が自覚できない
今よりもっとうまくなりたい、強くなりたいと思って熱心に練習しているテニスプレイヤーは多いと思いますが、その努力をムダにしないために知っておくべきことがあります。
それは、「上達しているかどうかは自分ではわからない」ということです。
上達への努力を重ねている人ほど、その努力の成果をきちんと確認したいと思うのが自然ですが、残念ながら、それは簡単ではないようで、その仕組みは次のとおりです。
「テニスは無意識的な反射運動で構成されている」ということをここまで数回に渡って書いてきましたが、上達を自覚できない理由もそこにあります。
つまり、上達は「複雑な運動が無意識的にできるようになること」なのですが、ということは、練習を繰り返して目指す運動パターンが無意識化されたとたんに、その運動は意識されなくなるわけです。
(逆に言えば、無意識化していない運動は、まだ身に付いていないということなので、無意識化するまで繰り返す必要があります。)
そして、「意識せずにできること」については、「どういうふうにやっているか」はもちろんのこと、「できているかどうか」さえ認識できなくなるはずです。
ですから、正しく上達しているときには、「何がどう変わったかは自分ではほとんどわからない」とお考えいただいたほうが良いでしょう。
上達の早さは
「考えて打つかどうか」で決まる
同じ運動を繰り返すことで一連の運動パターンが「運動記憶」のボックスに蓄積されて、「反射的な対応が必要な忙しい局面」では、頭で考えなくても、その運動パターンが「自動的に実行される」というのがテニスのプレーの仕組みです。
そして、「運動記憶」のボックスに蓄積されている運動パターンの量が多い人ほど、ゲーム中のいろいろな局面に対して柔軟、かつ、適切に対応できるので、それが上級者というわけです。
さらに、「運動記憶」のボックスへの蓄積が効率的に進む人が「上達が早い人」で、いつまでたっても蓄積が進まない人が「上達が遅い人」ということです。
その違いが生まれる最大の原因は、運動神経の良し悪しや才能の有る無しとは関係なく、「考えて打たないとうまくならない」と考えているかどうかにあるような気がします。
考えて打つ練習を繰り返しても、「いつも考えている状態」なので運動が無意識化せず、「ああかな」「こうかな」という試行錯誤が繰り返されるだけで「運動記憶」の蓄積が進みません。
「考えなくても打てるようになるのが上達」なのに、「いつも考えながら打とうとする」ので、まるで初心者に戻ろうとするかのような練習になってしまうわけです。
考えながら打てる練習環境(球出し、壁打ちなど)は限られるので、「考えて打つ繰り返し練習」と「考えずに打ち合うプレー」をハッキリ分けることが必要です。
参照⇒「上達への近道」—その3.打ち方を直すには
マジメな人は要注意
ですから、どちらかというと、マジメな努力家のほうがうまくなりにくいと言えるかもしれません。
なぜなら、マジメな方は「身体で覚えて無意識に打つ」という、あまり論理的ではない方向より、「正しいやり方を頭で理解して、それをきちんと実行する」という方向に進みやすいので、無意識的な運動に入らないように努力する傾向があるからです。
プレーするときは「知らないうちに身体が動いてしまう」というのがベストなのに、マジメな人ほど、そういう「わけのわからない状態」を嫌うので、「頭で考えてしっかり行動しようとする」ため、頭の中が「ああしよう」「こうしよう」という「雑念」ばかりになってしまい、ギクシャクした動きになります。
「テニスで上達しない練習—その2.ミスを減らすために必要なこと」で書いたように、無意識的なプレーを維持するには「反省と工夫をしない練習」が必要なのですが、マジメな方にとってはそれが一番苦手のようです。
マジメな方は「考えて打つこと」を一旦諦めることが、上達への取組のスタートと言えるかもしれません。
無意識化するから
自覚が生まれない
初めに書いたように、「上達は複雑な運動が無意識的にできるようになること」なので、無意識にできるようになったことは、「できているかどうか」さえ認識できなくなるわけです。
ボールへの対応力が向上して、飛んで来るボールへの身体の入り方が良くなれば、ミスが大幅に減って打球の勢いも出るのですが、練習を重ねてそれができる状態になったときには、当の本人はその進化が自覚できないことが多いようです。
ですから、何かの能力を身に付けたときには、普通は「つかんだ!」とか「できるようになった!」とかの達成感が得られるものですが、テニスの場合はそれが無さそうです。
飛んで来るボールを打ち返すときの動きは「反射的な運動」なので、それが進化しても本人には自覚できないとご理解ください。
上達を確認する方法
それでは、どうやって確認すれば良いのでしょうか。
練習でどんどん新しい能力を身に付けても、それらは片っ端から無意識化してしまうので、本人には達成感が生まれず、「いくらやっても何も変わらない」とさえ感じてしまうかもしれません。
そうなると、向上心を維持するのが難しくなってしまうので、何とかして、上達したことを確認する方法を見つける必要がありです。
その、もっとも単純な確認方法は「勝敗」です。それまでずっと負けていた相手に勝てれば、上達したということです。
ボールがどう動いたかを
観察する
でも、そんなに都合の良いチャンスはあまり訪れないので、もっと身近で、こまめに確認するには「ボールがどう動いたかに注意を向ける習慣」を身に付けると良いでしょう。
「自分が何をやったか」や「自分が何を感じたか」ではなく、「ボールがどう動いたか」に注目することで、自分のレベルを正確に把握することができます。
「ボール?そんなものはとっくに見ているわい!」「見なかったらテニスにならないでしょ!」と言われそうですが、実際のところ、あまりよく見ていないことが多いのです。
一例を挙げると、テニスワンで実施しているラケットドックのときに、参加者がラケットの持ち替えで打球スピードが格段にアップして、それが他の誰の目にも明らかというような状態で、その方に「打球が変わりましたね」と言っても、「えっ、そうですか」というような返答が返ってくることは珍しくありません。
「相手の打ったボール」はしっかり見ようとするのですが、「自分が打ったボール」は見ない習慣が身についている方が意外に多いのです。
特に、たくさん試合に出ている人ほど、相手が次に何をするのかが気になって、自分の打球を見ずに「相手の動き」を見てしまうことが多いようです。
でも、自分の打球をしっかり見ないと損することがたくさんあります。
「相手が困ったかどうか」
が大事
自分の打球を見ないと、相手のイージーミスやコントロールの狂いなどが、相手の単なる失敗なのか、自分の打球の勢いや伸びが良かった結果なのかを見分けることができません。
良いショットが打てたかどうかを、打ったときの自分の感覚で判断している方が多いのですが、これはあまり良い方法ではありません。
というのも、事実とは逆の判断になってしまうことが少なくないからで、しっかり打ったという達成感があるときには、打球が失速しているケースが多いのです。
それより、相手の反応で判断したほうが確実です。
テニスでは、キレイなフォームで打てるからといってうまいわけではなく、相手が打ち返しにくいボールを打つのが「うまさ」なので、自分の打球が相手にどれだけ迷惑をかけたかについて強い興味を持つことが必要です。
そこに関心を持たないと、相手にとって迷惑なショットを増やせないばかりか、自分の戦力を正確に把握することができません。
身体の動きに注意を向けていると
自分の実力がわからない
テニスは身体の動きではなく、「ボールの動き」でポイントが決まります。
なので、テニスで一番大切なのは「ボールがどう動いたか」であって、「身体がどう動いたか」ではありません。
ですから、「身体がどう動いたか」のほうにばかり意識を向けていて、「ボールがどう動いたか」についての認識が甘いと、運動の成果を把握しないまま練習を重ねることになります。
ちょうど、テストの結果を見ずに勉強し続けるような状態です。結果を見ることで、自分の得意・不得意がわかり、改善の糸口も見つかるわけですが、それはテニスも同じです。
「ボールがどう動いたか」という運動の結果をきちんと把握すれば、改善すべき課題もハッキリするし、その結果が変化する様子を観察すれば、やっていることの効果を把握することができます。
一例を挙げれば、スピンをかける運動にばかり注意を向けていて、どんな打球になっているかについてはよく見ていないというケースなどがあります。
強いスピンをかけようとする運動にばかり意識が集中しているため、相手の受けるプレッシャーを把握していないという状態です。
その結果、回転をかける運動によって確かにシュルシュルと回転は多量にかかるのですが、そのボールにスピードと伸びがないため、相手が着地点で構えて待っていて、高い打点から打ち込まれてしまうというような展開になったりします。
「自分がきちんとやらないとボールはうまく打てない」と考えている人は、プレー中は「自分がやっていること」に意識が向きやすいため、「自分がやっていることの結果」には注意が向きにくい状態になっていることが多く、その結果、現状把握が不正確になり、取り組むべき課題を間違えてしまうことがあるようです。
自分の変化には注意を向けず
相手が打ちにくそうであれば良い
「ボールがどう動いたか」は、「自分が打ったボールをしっかり見る」ことで把握できますが、それが把握できていれば、自分のショットが相手にどんな影響を与えているかがわかるので、自分のレベルを客観的に理解することができます。
でも、自分には何ができて、何ができないのかという視点で考えていると、自分の実力を正確に知るのは難しいでしょう。
打球の勢いやショットの精度というのは、「コート上で起きていること」なので、それを向上させるためには、「自分が何をしているか」ではなく、「コート上で何が起きているか」を正確に把握することが大切です。
無意識化したことは認識されないため、上達したという自覚は生まれにくいのですが、無意識化した運動によって得られた良い結果は自覚できるので、そこに注目すれば見当違いの努力をしなくて済みます。
自分の何がどう変わってそうなったのかはわからなくても、相手が打ちにくそうにしていて、その結果、勝ちやすくなれば良いわけです。
無意識的な反射運動が
適切なタイミングで
発生するような練習が必要
ここで注意してほしいのは、上達が自覚できるような練習は的ハズレである可能性が高いということです。
誰でも、努力の成果を知りたいのはやまやまですが、「ヨシッ、つかんだ!」と思ったのは意識的にできるようになっただけだったりするので、実戦になると元のモクアミということが少なくありません。
「ミスショットの原因は打ち方にある」と考えて、「ああしよう」「こうしよう」と努力される方は多いのですが、本当は、それがミスの原因になっているケースは少なくありません。
テニスは高速で動いているボールを反射的な動きで打ち返し続けるスポーツなので、その「反射的な動き」をボールの動きにピッタリ合わせることが何よりも重要です。
そこに注目すれば、身体の動きをあれこれ工夫する練習を繰り返すより、無意識的な反射運動が適切なタイミングで発生するような練習をしたほうが、プレーの改善につながることがわかります。
そして、そこが改善されれば、自分で自分のジャマをするような状態から抜け出して、運動記憶のボックスに入っているいろいろなアクションがスムーズに出てくるようになります。
すでに持っている運動能力をうまく活用できるようになれば、新たな運動パターンを獲得するより早く足踏み状態から抜け出せます。
自分がうまくなったかどうかを自覚しようとするのは早めに諦めて、「コート上で起きていること」を冷静に見つめたほうが、確実なステップアップが獲得できるでしょう。
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